昭和五十四年九月十日 朝の御理解


御理解第七節
「天地金乃神は昔からある神ぞ。途中からできた神でなし。天地ははやることなし。はやることなければ終わりもなし。天地日月の心になること肝要なり。信心はせんでもおかげはやってある」


 世に流行神様と言うのがあります。何か急に、いわゆるはっこうしなさる、あちらはえらい、はっこうしょんなさるげな、と言うふうに申します。椛目で人がどんどん助かり出した時分に、そういうふうに皆さんが申しました。えらい、椛目じゃ金光様がはっこうしござるげなの、と言うような言い方をしておりました。それが悪いという事じゃないけれども、それが何時の時代にも続くという事、お道では御比礼と申します。いうならば、御比礼が立ち続けると言うか、御比礼がゆはり続くと言うこと。
 初代の時には大変おかげ頂いとったが、二代になったらガタッと御比礼が落ちた、三代になったらいよいよいけない、と言うような教会が事実あるんですよね、皆さんの周囲にもそれがあるんですね。ですから私はその、そりゃあんまり良い言葉じゃないけれども、やはり流行らないかんと、流行ると言うのは、やはりその時代時代におうたものでなからなければならない、という事ですね。大正時代に流行ったものが、昭和時代には流行らない。昭和初期のものが今どき、もう皆が見向きもしないと言うようにね、その時代時代に流行り続けるという事。
 私は金光教の信心というものは、そういう、その流行り続ける内容というものを持ってると思うんです。それを私共が何時も、いうならば同じような柄あいとか、色あいばっかりで言うから流行らん事なってしまうわけね。その時代時代に受ける信心、勿論その根底をなすものは、わざわざ外から持って来るというのではない、教祖金光大神のそのみ教えの中から、いよいよそれが深められ広められて、そしていうなら現代にと、アピールする布教というか生き方、そういう信心があるんだと私は思うんです。
 そういう意味で、私は合楽の場合は、もう現代の時代にどういう、いうなら感覚の人があっても合楽で言うておる事ならば、皆一応分かるじゃないかとこう思います。だから、合楽の場合はどういう事に、なら初代、私の時代から次の時代、次の時代と移り変わって行く、という事はどういう事なんだろう。ここでは、いわゆる合楽理念、教祖様のみ教えを分かり易く、いうならお徳が受けられる、おかげが受けられる手立て、手掛かりというものを説く、それを何処に求めてあるかと、今日の御理解の中にあります天地日月の心になる事肝要なり、という事なんでありますね。だから天地は流行る事もなければ終りもないと言われる、その天地日月の心が芯になっておるのが合楽理念なんです。
 昨日も研修の時に話した事でしたけれども、まあ真の信心、真の信心という事が言われますね、いうならばおかげ信心ではいけん、本当の信心を、おかげを求めると言うのではなくて信心を求める、という事になる。なら信心を求めるという事はどういう事なのかと、今まで過去の金光教が言うて来た事はどういう事か言うと、まあ真の信心といやあ、一生懸命お参りをして、一生懸命御用でもさして頂く、そういう信心以外には何も語られなかった、言うてこられなかったね。そういういうならば、だから真の信心頂く為にはおかげと言うものを、いうなら目当てでなくて信心が目当て、ならそういう信心を目当てという信心は、どういう信心させて頂いたならよいでしょうか、とまあ一生懸命お参りをすることも、もう日参、日初穂として毎日お初穂を奉る、そして一生懸命御用、お導きをしたり、教会の御用したり、以外には説かなかったんですよね金光教は、厳密に言やいろいろありますけれども、私共はそういう信心を習うてきたと思うんです。
 だから一生懸命参った、一生懸命御祈念をさしてもろたり、そして教会の御用といやあ、どういう御用でも打ち込んでさしてもろうた、処が成る程それでおかげ頂いて来ましたよね皆が、けどもこういう信心を言うておったんではですね、もう受けなくなってくるですね。それだけでは本当のおかげに触れられない、御神徳には触れ難いという事を、言わば合楽の信心では申します。そしていろいろな場合、その時その時に応じてですね、いうなら、天地日月の心になること肝要だ、と言うふうに申します。
 昨日、林さんが参って見えて、丁度息子さんがその前に参って来とった。自動車のセールスをやってます、大して熱心に参って来ると言う訳じゃないですけれども、何となしにそのお母さんに帰ってから話すこと、「僕はこの頃外交して回ってから思う事は、神様が僕を使おうと思いよんなさっとじゃないじゃろか、と思う事が日々続く」と言うんです。と言うのは、今日もそげんじゃったがと言うて話すのに、もう名刺を例えば、二十枚なら二十枚持って二十軒だけはと回る、と言うふうにまあしてあるらしいんですね。ま飛び込みでおかげ頂いていく訳です。で一番最後に一枚残ったからと言う、その最後のお家へやらして頂いたら、そこの主人が出て見えて、片一方の腕がなえてござると言うんです。それでま自動車の話よりも、どうしてそげんなっとっなさったかと言うような話からです、まあだ二十幾つでしょうか、若いです二十一、二でしょうかね、それがそのう、「あっそんなら一寸待って下さい」と言うて、自動車の中からおかげの泉やら、合楽だりを持って来てから「あの、これを読んで下さい」と、言うたらもう大変喜ばれたと、別に商いをするとか、きっかけが出来たと言う訳でもないけれども、そういう事がこの頃日々続くとこう言う。だから僕は自動車の中におかげの泉やら、合楽だよりやらを何時も入れておいて、そういう何か、それこそ今度婦人会の大会がございます、そのテーマが「人の事が祈れる私になろう」という事なんです。なかなか人の事が願える……自分の事でいっぱいです、人の事の段じゃない、と言ったような感じが多いですけれどもね。
 人の事が祈れれる、それもね何かこの頃、神様が僕を使おうとしとられるとじゃないだろうか、と思う位に難儀な人に会う、とこう言うのです。そのたんびにおかげの泉を上げ、合楽だよりを上げて、これを読んで下さい、そこに大変そこに喜ばれる、とこう言うのです。私それを聞きよってからね、胸がいっぱいになる思いがしました。と言うのは、それはどう言うことなんだろう、もし神様がもの言いなさるならば、その林という青年に御礼を言いなさるようなものではなかろうかと思いましたね。神様から御礼を言われるような信心が、これは何時の時代でも普遍のものです、これは変わりはないですね。
 昨日、山本さんが毎日、直方の方から日参して見えます。もう本当に行き届いた方ですけれども、本当に山本さんの信心で両親が助かり、もう医者は助からんという癌が助かった。そして商売がいよいよ繁盛して来た、お茶屋さんなんです、兄弟も助かった。その周辺に次々と助かる人達が出来てくる。
 昨日私、こちらから帰らせて頂きましたら、もうその創価学会の人らしい、そんな話をしょんなさる、そいで入って来てからもう、こんな下品な人達があるじゃろかという二人連れである。けれども、親先生は何時も人を軽う見な、軽う見たらおかげはないと仰しゃるから、はあ、こういう時ほど神様の氏子としての、いくらそりゃ創価学会であっても、そういう見方ではいけないなと、こう思うておる所にその人が、お茶を何かちょこっとしたものを買わしゃった、そしてお茶位一杯出さんのち……「あ、どうぞ召し上がって下さい」と、言うておいしいお茶を入れて出さしてもろうた。ま、いうならサービスをした訳です。そいから、ま、帰りかけられたら又入って来なさった。そして二度目に入って来た時には沢山のお茶を、お買い上げ頂いて帰られた、というお話なんですね。
 もうこげな、この人達位下品な人達はなかろと、ま、感じがそうだった、とこう言う訳です。しかも何かちょっとした物いっちよ買うてからお茶を振る舞えとこう言う、何か心の中で、例え出してもどうした奴どんじゃろかと、いうような心の状態じゃなくて日頃の教えと言うものがね、いうなら人を見下げたり、沢山買うてもろうたから大事にする、というようなヒヤカシ客でも大事にしなければいけない、と頂いておる事がその上に表わされたね。そしたら出がかっとった所へまた入って来て、今度は沢山のお茶を買うて帰られた、とこういう事なんですね。これなんかも、これはもう普遍なものです、教えをそう言うふうに行じていく、という事は変わりは無いです。
 そこで、神様はどう言うふうにお働きになるかと言うと、昨日は、久留米の井上さんのお宅の、沢山あそこは次々と借家が出来て参りますから、今度もその出来る前の地鎮祭がございました。それで、光昭と誰ですか二人で参りました。一生懸命その式の準備を致しております時に、福岡から孫が来とった、下の順子さんという娘が急にいなくなった、すぐ電話がかかって参りました。居らんごつなったから、忙しい最中にその居らんごつなったち、まあ心当たりをずっと探したじゃろばってん、なかなかその何処行っとるのか分からない。そう言いながらお祭りが一時間ばかり遅れて始まった。地鎮祭終わらせて頂いて、光昭が御理解をさして貰いよった、いうならば、ここでは何時もタイミングという事が言われるね。
 例えば、何をするでも何をなすでも、何処行くでも素晴らしいタイミングと言うものがね、表に出た、丁度バスが来たとかね、丁度向こうへ行ったら、出掛けようとしなさる所へ丁度お繰合わせを頂いたと、そういう素晴らしいタイミングが、もう日々の中に起きて来る、昨日もその林さんです、お母さんが言うておられましたが、昨日は一時の御祈念にお参りさせて頂こうと思いよったら、何かちょっと用が出けた、もう大した用じゃなかったけれども、その用を済まさせて頂いてちょっと、こう見た時自動車がこう通っておる、その自動車のナンバーが四四四四と四が四つ繋がっとった。あ、本当に生命あってのものだね、もう本当に健康のおかげを頂いとればこそこの用事もあるのだから、だからこれは早う神様にお参りさせて頂かにゃと出掛けたら、出て来た途端に自分の前を走っとる自動車が三九、三九か三八、三八という、兎に角、心が生き々とはずんで来るようなものだった、とこう言うておりますね。まあ三九であったとするなら有り難う有り難うと言うことで、神様が御礼言いよんなさるごたる感じ、三八と言うてもお参りをする、広がりに広がると言う感じのものね。
 神様へ心をじっとこう向けると、そう言う素晴らしいタイミングが生まれてくる、これなんかも私は普遍のものだと思うです。何時の時代だってそう言うタイミング、素晴らしいタイミング、天地のリズムを聞き続けるほどしの、いうならば生き方と言うものは、何時の時代だって同じと、それにはいよいよもって合楽理念のマスターであると言うことですね。
 その井上さんところの地鎮祭、丁度そのタイミングの話をして、いうならばお祭りを私共が仕えて来た、して、てざおをしござる所へ子供が居らんごつなった、と言うてまあ大騒動しござる、まあ実にタイミングの悪い話である、けれどもこれからね、お祭りが終わったらタイミングが、いうなら出て来るだろう、調子が出て来るだろうと言うて、話をした途端に順子さんが帰って来た、と言う所であったと言うて、昨日光昭がお届けしてました。私が、順子さんが居なくなったからと言うて、お届けが電話でありました時に、神様にお願いをさせて頂いたら『より有り難くなるために』と頂いたんです。
 例えば地鎮祭をする、はあ、おかげ頂いてよかった、と言うだけじゃなくて、さあ不安でたまらんから一生懸命、地鎮祭の半ばにでも、やっぱ心にかかっとるから一生懸命にお願いをするでしょうね、お娑ちやんでもお爺ちやんでも、母親でもそうです。地鎮祭させて頂きながら、或る意味あいでは気が気じゃないから、一生懸命やっぱ願うでしょう、一生懸命神様に向かうのです、そしてお祭りが済んだ、そして御理解を頂いておった、これからはタイミングが変わって来るだろう、と言うた途端にその順子さんが帰って来た。ワァ-おかげ頂いたと言う、そのワァ-おかげ頂いたという心が生まれて来るだろうと思う、それがおかげをキヤッチするんです。そういう私は、神様の働きかけと言うものはです、そう言うふうに何時もあっておるんだという事をです、これも、これは神様の方の側からですけれども、普遍なものだと思うです。人間氏子とのかかわりあいを求められる場合、そういう働きが必ず起こって来ると言うことです。
 困った事だから、難儀な事だからと言うて、だから慌てる事も心配する事も大体はいらんのだけれども、慌てたり心配したり、まあしますけれども、そこにタイミングが生まれて来る。そこに林さんじゃないけれども、四四四四と言ったような四ばかり続くような感じの所からハッと、次には三九三九と言ったような、いうなら働きと言うものが起こって来る。その調子にのってお参りであり、いうなら日々の御用であるという事になります。そう言う信心を私はふんまえての行き方であるならばです、これはもう不変のものね。
 何時の時代にでも、いうならば適応する信心、そういう意味で私は合楽理念、大阪の青年教師の方達が四、五人ここに見えました。合楽は大変な御比礼だと言うことですけれども、先生、今あなたが居られる間は、こうやって御比礼が輝いておりますけれども、先生、あなたが亡くなられたら、どういう事になりますかと言う。それは分かるもんかい、私が死んでみなきゃ分からんばいち言うたことでした。
 けれども私は思う、合楽にね、合楽理念のある限り、これを行じていく限り、その行じると言うこと、それをマスターするという事は、覚えようと思うたら誰でもマスター出来る、それを行じようと思うたら誰でも行じれるように、容易う手掛かりが説いてある。だから合楽理念がある限りですね、おそらく私の時代よりも二代、二代よりも三代と広がりに広がって行くに違いない、と私は確信しとるよと、言うて話した事でした。流行らなければいけない、けれどもその流行りと言うのは、いよいよ流行りに流行っていかなければならない、御比礼、それを教団、お道の信心では御比礼という。
 その御比礼が、いよいよ御比礼を生んでいくような、それこそ三八、三八と言うような、広がりに広がって行くと言うおかげを頂いていかなければ、また頂けれると思う。そういう意味で合楽理念がここにいうなら、いよいよ完璧を目指して合楽理念が出来ておる。合楽理念は助かりの理念だと、これはいうなら天地の法則と、いうなら真理と同じに合楽理念は、何時の時代でも流行る事なければ終りもない、と言うほどしのものであると私は思うです。
 私共、過去の金光教で頂いてきた、あんたどんがお陰げお陰げと、おかげを目指したんじゃつまらん、信心を目指さにゃと言われて来た。はあ、そりゃ本当にそうだなあ、と言うて信心を目指そうと思うた。なら、どういう事が信心を目指す事かと言うと、一生懸命お参りをせにゃ、一生懸命御用をせにゃと言う程度であった。成る程おかげは頂いた、けどもこれは必ず、いうならば何時の時代の人にでも受けると言う事にはならない、物足りない、そんな事では、そんな信心ではね、それこそ天地日月の心というのは、もうあらゆる角度からの、いうならば説かれておる教えですから、その時代時代に生き生きとして、斬新なね、いうならばお陰が頂かれるね、何故かと言うと、合楽理念を行じていく限り必ず素晴らしいタイミングが生まれてくる、素晴らしい調子が出てくる、その調子にのっての生き方だからなのですね。
 今日は、天地は流行る事もない終りもない、けれども、私は流行らにゃいかんとこう思うね、それは普通一般でいう流行り神様は、親の代だけなら親の代だけでスパッと御比礼を落としてしまう、と言うのは流行り神様のこれはいうなら欠点ですね。いつの時代に流行ったけれども、いつの時代にはもう減手になってしまった。というようなもんですけれどもね。合楽理念は、私はそうではない、これは天地日月の心が芯になっておるからだ、と言うふうに思うですね。いよいよ本気でね、合楽理念の実験実証者足らなければならん、という事です。そして二、三おかげ話の例を聞いて頂いたが、これは何時の時代でも、その三人三様のおかげ話は、こういう生き方は普遍なものだ、という事を聞いて頂いたですね。 どうぞ。